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コラム巌流島の決闘

立ち方について

コラム巌流島船の決闘

一昔前だったと思う、巌流島(舟島)での、武蔵と佐々木小次郎との決闘に立ち会った、小役人の日誌が発見されたという新聞の記事を見た記憶がある。
これによると「小次郎と武蔵が、スルリとすれ違った直後、小次郎はバッタリと倒れてしまった。何が起きたのかまるで分からなかった」といった内容であった。
櫂を削って、これを持って戦ったという話は、武公伝(後に二天記)にあり、これを吉川英治も参考にしたのであろうが、武公伝も、武蔵没後30年に、弟子達の談話を記録したとあるから、正確かどうか疑問が生まれる。
小次郎の「物干し竿」と言われるような長い刀に対して、やはり長い得物が必要と櫂を持たせたのは吉川英治の発想ではあるが、木刀で戦ったかも知れないが、長い刀は、不利である。持ち慣れた刀で十分である。
このことは、五輪の書の「風の巻」に「他に、大きな太刀をこのむ流あり、我兵法よりして、これを弱き流と見立つなり云々」とあり、長い刀は持つ筈が無いからだ。
五輪の書に書かれた立ち方をしていれば、小次郎の気の起こりを察してスッと入り身をして、そのまま切り抜けることが出来る。小次郎が刀を動かす暇は無かったであろう。
晩年の武蔵の自画像は、武蔵の構えの極意を伝えたものだ。
このように立つ人に、もし切りかかったらば、簡単に切られてしまうだろう。

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